「ミスターフルスイング」・・・ジャンプの人気野球漫画の話をするわけではない。
私が社会人1年目の研修時代に、バッティングセンターにて同期Fに起きた悲劇の物語を語りたいと思います。
今から数年前、私がまだ社会人1年目の研修時代のとある日のこと。
この日は、研修終りに懇親会としてボーリング大会が開催される日だった。私の会社の親会社・関連会社の新人が一同に集まり、半年間の新人研修を実施していた。
会社間・同期との横のつながりというもっともらしい理由で、バーベキューやらスポーツ大会など、メンドクサイ行事が定期的に行われた。ボーリング大会もそのうちの一つである。
そうはいっても不参加という選択肢は我々にはない。どんなに億劫な行事も笑顔で元気よく行わなくてはいけない。しかも大声を出して。それがブラック企業の社畜の運命だからだ。
そうはいってもボーリング大会までに時間が結構ある。そこで、同じ会社の同期数人でバッティングセンターに行くことにした。同期のFが野球経験者でFからバッティングを教えてもらおうという話になったからだ。
私は野球好きではあるが、少年野球すら経験のない完全素人である。バッティングセンターにたびたび挑戦したことあるが、完全素人ゆえに会心の当たりをこれまで出すことができていない。
せっかくの機会なので、Fからバッティングを教わり、これからバッティングセンター生活をエンジョイしようと、心をウキウキさせながらバッティングセンターに向かった。(これ以来、バッティングセンターは行ってないのだが・・・)
バッティングセンターについてからは同期Fの熱心なバッティング講座が始まった。腰がどうやら、かまえがどうやら、今となっては何も覚えていない。覚えているのは、Fが打席に立った時の見事なフルスイングだけだ。
熱心なFのバッティング講座が終わり、調子にのったFが実演モードに入った。元中学野球で腕をならしたFの実力はいかなるものか、野球素人の我々は興味深々で、妙にボルテージが上がってきた。
調子に乗った我々は、Fを「ミスター長嶋」風に「ミスターF」ともてはやす。そして、打席に立つミスターFに対して、高校野球の応援歌「狙いうち」を口ずさみ、ミスターFを応援していた。
「打てよー、打てよー、打て打てよー、打てよー、打てよー、ホームラン」
「打てよー、打てよー、打て打てよー、お前が打たなきゃだれがうつ!!」
「へい!!」
「打てよー、打てよー、打て打てよー、打てよー、打てよー、ホームラン」
「打てよー、打てよー、打て打てよー、お前が打たなきゃだれがうつ!!」
「かっとばせー、エーフ!!」
バッティングセンターのとある打席は勝手に盛り上がりが最高潮に!!同期皆がミスターFのホームランを期待していた。
退屈な研修生活をミスターFに打ち砕いて欲しい気持ちでいっぱいだったのだろうか。そんな研修中に唯一身につけた「でかい声で叫ぶ」という技でこちらもミスターFを鼓舞する。しだいに結構なボリュームで叫んでいた。スーツ姿で。
「打てよー、打てよー、打て打てよー、打てよー、打てよー、ホームラン」
「打てよー、打てよー、打て打てよー、お前が打たなきゃだれがうつ!!」
「へい!!」
「打てよー、打てよー、打て打てよー、打てよー、打てよー、ホームラン」
「打てよー、打てよー、打て打てよー、お前が打たなきゃだれがうつ!!」
「かっとばせー、エーフ!!」
ミスターFも最高潮にテンションがあがったのだろうか!!
待望の1球目が来た。「シュッ!!」(ボールが機械から投げられる音)
テンションマックス・やる気マックスの元中学野球球児Fが渾身のフルスイングを披露した
「カキーン!!」(会心の当たりの音)
「あーーーーー!!!!」(Fのあえぎ声)
さすが野球経験者だけあってFのあたりは会心の当たりだった。
皆が思った「さすが!!」 皆が気づいた「なんか変な声しなかったか?」
会心のフルスイングをした後にミスターFがなぜかうずくまった。
「打てよー、打てよー、打て打てよー、打てよー、打てよー、ホームラン」
「打てよー、打てよー、打て打てよー、お前が打たなきゃだれがうつ!!」
「へい!!」
「打てよー、打てよー、打て打てよー、打てよー、打てよー、ホームラン」
「打てよー、打てよー、打て打てよー、お前が打たなきゃだれがうつ!!」
「かっとばせー、エーフ!!」
ミスターFの異変に気付いたのは私だけなのか?応援することが主目的になった他の同期はFの会心の打球に興奮したのか、もう一度、「狙い撃ち」をアホみたいな声量で叫んでいた。
2球目がやってきた「シュッ」、「バーン」(マットにボールが当たる音)
3球目がやってきた「シュッ」、「バーン」
4球目がやってきた「シュッ」、「バーン」
5球目がやってきた「シュッ」、「バーン」
どこからか声がやってきた「いたたたたたたたーーーーー!!!!!!」
6球目がやってきた「シュッ」、「バーン」
どこからか声がやってきた「いたたたたたたたーーーーー!!!!!!」
はしゃいでいた我々もミスターFの異変に気付いた。
打席から離れた所でうずくまっていた。ミスターFが指を押さえている。
「だいじょうぶか?」「どうした?」皆がミスターFを心配した。
そうこうしている間にもボールは我々めがけてやってくる。
21球目がやってきた「シュッ」、「バーン」
22球目がやってきた「シュッ」、「バーン」
23球目がやってきた「シュッ」、「バーン」
24球目がやってきた「シュッ」、「バーン」
25球目がやってきた「シュッ」、「バーン」
最後の25球目が終わり、同期皆がミスターFのところに集まった。皆がミスターFを心配していた。すばらしいかな、これが研修で培った「同期の絆」というものだ。
いったい何がおきたのか?スーツが若干赤く染まっているのが確認できる。
どうやら、最初のフルスイングの際に爪を負傷(はがれた?)し、流血し、痛すぎて悶絶していたのだ。野球から離れ、爪のケアを怠ったツケなのか、我々に乗せられテンションマックスでフルスイングしたせいか?
Fの野球講座はまだかの負傷によりここで終了。「ミスターの名もはく奪され」、名誉?の負傷退場で、ボーリング大会も欠場。後日、研修担当者になぜかガチギレされていた。ここがブラック企業の嫌な所だ。
我々はこの一連の事件を「ミスターフルスイング事件」として記憶し、たまに同期で集まるときはこの話で爆笑して「狙い撃ち」を口ずさみながらビールを飲んでいます。
またいつか、ミスターFのフルスイングが見られることを我々同期は心から願っている。